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営業開発部の仲間と共に… 三好將斗(右から3人目)
以前このコラムに登場したとき、営業開発課の三好さんは「直感で飛び込み、挑戦を重ねる日々」と題して自身のキャリアを語っていました。あれから時間が経ち、このたびアーティストリーを卒業することになりました。3Dモデリングもろくにできなかった新人が、4年半で何を身につけ、何を残していくのか。営業開発課の立ち上げメンバーとして走り続けた日々を、本人に振り返ってもらいました。
営業開発課 3D担当 三好 將斗 ~直感で飛び込み、挑戦を重ねる日々~
一言では表せないくらい、いろいろありましたね。苦しいときもあったし、楽しいときもあった。それを全部ひっくるめて、よく走ったなという感じです。
大学の研究室の先輩が関わっていたプロジェクトで、それでこの会社を知りました。紹介を受けて話を聞いて、「ここは面白そうな会社だ」と直感で決めたんです。
いま振り返っても、あの直感は間違っていなかったと思います。楽しかったですし、いまもアーティストリーはいろいろ変化を続けていて、難しいことにもチャレンジしている。飽きることがない会社でした。

3Dモデリングのスキルですね。入った当時は、実はそんなにできなかったんです。それが、めちゃくちゃできるようになりました!
あとは知識です。木のこと、つくり方のこと。これは本当に大きく変わりました。学生の頃は「形になればいい」くらいの感覚でしたが、いまは細部や段取りまで考え抜くのが当たり前になっています。お客様にも、工房のみんなにも、迷惑をかけるわけにはいかないので。もう常識みたいな感覚です。
逆に変わっていないのは、人柄でしょうか。誰とでも話せるところは、入社前からそうでしたし、いまも変わっていません。

わからないことがあったときや、いいアイデアがほしいときに、自分では思いつかないことを教えてくれるんです。それは本当に大きかったです。
先日公開された営業開発課の同期である嶋村の記事で、3D職人は「触っているのはソフトだけど、考えていることは家具職人と同じ」と語っていました。同じ3Dを担当してきた立場からすると、まさにそのとおりだと思います。結局、ものをつくるのは同じですから。つくり方を考えるのは、3Dだろうが図面だろうが変わりません。
前回のコラムでは大阪万博のバス停プロジェクトを挙げましたが、その後もいろいろありました。
今年、某海外企業の店舗の案件を担当したんですが、あれはかなり大変でしたね。納期がないなかで設計のやり取りを重ねて、しかも工事を止めるわけにはいかないので、全員が動き続けられるように進めなければいけない。協力業者さんもたくさん入っていました。夜遅くまでお客様と設計を詰める日が続きましたが、無事にオープンしています。

もうひとつ挙げるなら、木育トラック manavibaです。あれは自分が初めてデザインをして、最後まで全部携わった案件でした。ウッドデザイン賞2024林野庁長官賞を受賞することもできました。

工房で、自分がデザインしたものが形になっていくところを見られたことですね。そして実際に、お子さんがそれを使っている場面も見ることができた。デザインから納品まで一気通貫で関わって、達成感がありました。

特定の言葉というより、どんなに小さな案件でも基本的に感謝していただけるんです。そのたびに「やってよかったな」と思えました。もちろん、お叱りを受けたこともありますよ。でも、引きずらないタイプなので。
5軸NCオペレーターの福島さんですね。どうしても短納期でやらなければいけない案件があるときに相談して、協力業者さんに動いてもらったり。他には、知識が豊富な製作渉外課の浅野さんですね。つくり方を一緒に考えてくれる人には毎回助けてもらっています。

仕事以外だと、社員旅行が印象に残っています。淡路島に2泊3日で行ったのですが、自分が入社して初めての社員旅行で、しかも会社としても久しぶりの社員旅行開催だったようで、みんなはしゃいでいて楽しかったですね。


入ってきた頃から、愛想が良かったですね。人当たりが良くて、どんな仕事でも「なんとかなるでしょ」くらいの精神でやってくれる。あの勢いはすごく良かったです。かといって何でも飲み込むわけじゃなくて、こちらの意見も聞いた上で、ダメなところはダメと強気で言ってくれる。そこがいいところだと思っています。
飛び込みの急ぎの仕事や、細かい案件をパートナーさんに発注するのは僕の役目でした。彼が言ってくれていたのは、たぶんそのあたりのことでしょうね。
大きい物件で初めてパートナーさんと組んだのは、万博のバス停でした。あれをパーツでつくり切れたのは、本当にすごい成果だと思います。三好君と一緒にパートナーさんのところを回って、パートナーさんたちの姿を見てやれたのは、いい経験になったと思います。いま思えば、あそこから始まったのかなという気がします。
印象に残っているのは、彼が担当した案件で、壁面のタイルの仕上がりに試行錯誤して、デザイナーさんと僕と三好君の3人で夜11時過ぎまで残った日ですね。なんとか終わらせようと3人で粘って、そのあと一緒にご飯を食べに行って帰った。あれは忘れられません。
一緒に仕事ができなくなるのは寂しいです。でも彼の人生はまだまだこれから。全力で応援していますし、他の場所での活躍を期待しています。

まず、広い視野を持てたこと。それから、全部やらなければいけないので、対応力がつきました。
あとは忍耐力ですね。「やるしかない」という状況が何度もあるので、強い心といいますか。そういうものは確実に身につきました。ひとつの分野だけをじっくりやる環境だったら、他のことは何もわからないままだったと思います。

仕事って一人ではできないんです。だから人間関係を大事にしてほしい。
頼り上手な人、可愛がられる人が強いと思っています。自分に能力がなくても、できる人にお願いすればいい。うまく立ち回れる人が、結局いちばん仕事を進められるんです。
意欲があれば、何でもできると思います。意欲と、素直さ。この2つさえあれば大丈夫です。癖があってもいいんですよ、ちゃんと意欲さえあれば。

依頼をあまり断らないところですね。どんなに難しいものでも挑戦する。これは大手だと絶対にやらないことだと思います。そこが一番の強みじゃないでしょうか。
前回のコラムで、学生に向けて「自由度が高く、挑戦できる環境。頑張った分だけ評価される」と語りました。いまも同じことが言えます。その体制は、まったく変わっていません。
建築家ではないかもしれないですけど、ものづくりがしたいという気持ちは変わらずあります。それが具体的に何なのかは、まだ答えが出ていません。いまも模索中です。
以前は海外のプロジェクトに挑戦したいと話していましたが、いまは場所にこだわりはなくなりました。国内にも面白いものはたくさんありますから。

営業開発課は、僕と嶋村が入社したときに新しくできた部署でした。大西さんと3人で始まったんです。
そこから変な案件を持ち込んだり、無茶ぶりもかなりしたと思います。嫌々だった人もいたかもしれません。それでもみんな応えてくれて、たくさんの実績ができた。それは自分の成長にもなりましたし、会社としても認知度が上がって、大きくなったんじゃないかと思います。みんなには本当に感謝しています。
これからも、いい意味で変なことをやり続けてほしいですね。案件なのか、プロジェクトなのか、自社製品なのかはわかりませんが、何かしら世間にインパクトを与えてくれるんじゃないかと、勝手に期待しています。
